[PR] 癒し 知らずに死ねるか! 大いに語ろうぜ!

知らずに死ねるか!

管理人血祭が、これまでに面白かったと感じたエピソードや、おかしいと思う事を書いています。

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大いに語ろうぜ!



大いに


語ろうぜ!


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チョン日報イヅツ20070605


引用開始:
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本書は映画「パッチギ! LOVE & PEACE」製作の原動力となった井筒監督書下ろし作品。映画公開と同時に緊急発売された。

 まず、タイトルがいい。そのままスバリと「民族の壁どついたる! 在日コリアンとのつき合い方」。しかも、新シリーズ「14歳の世渡り術」の第1作目、子ども向けに平易に書かれていて読みやすい。

 監督は、本の冒頭で心情を切々と語る。「ぼくが監督した『パッチギ!』は、日本と朝鮮のことを深く考えたすえにできあがった映画です。日本人と在日コリアンの高校生のどつき合い。そして彼、彼女らの恋愛や新しい生命の誕生、少し平凡ではない日常を描きました。

 …

 日本人と在日コリアンの人々のあいだに何があったのか。その歴史を忘れたらいけません。歴史をちゃんと語らなければ、何も前進しないんですよ。ありのままに語ることが大事なんです。そのうえで、相手とぶつかり合わないと、人と人とが理解しあい、本当の意味で握手することはできないのです」と。

 古代の朝・日関係史から近現代史までを概括しながら、なぜ、今のように対立関係が生まれたのか。監督は、相手を知る、歴史を知る、現実を知る、真実を知る、知ることは未来につながる知恵となる、と強く訴えている。10代必見の書!(井筒和幸著、1200円+税、河出書房新社、TEL 03・3404・8611)

[朝鮮新報 2007.6.5]

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引用終わり


これより新聞の宅配問題を考えるホームページ(←クリックで飛びます)より引用

引用開始:
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戦後、在日韓国・朝鮮人は何をし、何と言ったか

 「現代コリア」5月号に「『三国人』は本当に差別語か」と言う記事があり、戦後、在日韓国・朝鮮人が日本で何をし、何と言ったかが報じられていました。日本人として忘れてはならないことだと思いますので、要旨をご紹介いたします。

・・(前略)・・
 「三国人」なる言葉は第二次世界大戦終了後、連合国が1945年10月31日「連合国、中立国、敵国の定義に関する覚書」により、朝鮮はそのいずれにも該当しないことから「第三国」(The Third Nations)と呼んだ
・・(中略)・・
 なぜ日本人が、「第三国人」と言う言葉に蔑視、畏怖、時には「敵意」を込めて使ったのかである。それは敗戦直後の在日韓国・朝鮮人の日本での言動と重大な関係があるからだ。

 現在の総聯の前身団体である「在日朝鮮人連盟」指導部は1946年初頭と推定されるが「われわれは今まで、搾取と奴隷的な差別待遇を受けた。日本の敗戦で開放された現在、われわれは連合国人であるから、敗戦国日本の法令に従う義務はない」「われわれは二等国民で、日本国民は四等国民となった。したがってわれわれは日本国民より優遇されるのは当然であることを、あらゆる方法で日本人に知らせなければならない」「戦争中われわれを虐待した日本人は、戦犯として制裁を加えなければならない」(坪井汕二『在日朝鮮人運動の概況』)と在日朝鮮人を「連合国人」と勝手に位置づけ、日本の法令に従う必要のないことを公然と主張し、その通り実行した

 1945年9月10日に結成された在日朝鮮人連盟(以下「朝連」と略す)中央準備会は、すぐ「帰国同胞援助」活動に入り、朝連が韓国などに帰国する在日朝鮮人に「帰国証明」を発行、列車・バスの無賃乗車、時には客車の中に「朝鮮人専用」と書き、日本人を乗車させないこともあった。駅長を脅かし、発車した列車を呼び戻したりもした。
・・(中略)・・
 引きつづき、GHQ(連合国総司令部)は同年9月30日「朝鮮人連盟発行の鉄道旅行乗車券禁止に関する覚書」で、朝連が「地外法権的地位にないこと」を明らかにした。この覚書を見れば分かるように、朝連は、これまで「治外法権」を持っていたのである。
 当時、各地の朝連は、保安隊、自衛隊、警備隊、自治隊などを作り、独自の警察権力類似行為を行っていたりもしていた。
 また、「朝連」の名によって、集団強盗、略奪、殴打暴行、破壊、占拠監禁、人民裁判などが行われた
・・(中略)・・

 当時日本を占領していたGHQは、200万人の在日朝鮮人を日本から朝鮮本国に帰国させることを基本方針としていた。ところが韓国に帰国してみたが、政治・経済ともに不安・混乱を極め、生活不安などが重なり、その上コレラなども流行して、帰国者は事実上ストップした。日本にいれば「連合国人」「解放国民」としての「自由」があった。いったん帰国した人達が日本に逆流しだした。
 1947年5月2日GHQの命令で「外国人登録令」が在日韓国・朝鮮人などに施行されたのは、日本への密入国、米などの不正受給防止の二つの目的があったのである

 ・・(中略)・・

 このような具体的な在日韓国・朝鮮人と日本人の社会関係の中で、日本人が「三国人」なる言葉に特別な意味を込めて使用するようになったのである。公然と社会秩序を乱し何事も暴力で解決しようとする在日韓国・朝鮮人の言動に、日本人が、「三国人」は恐いと考えることが「民族差別」というのだろうか。
・・(以下略)・・


-------------------------

引用終わり


まったく酷い物ですな。井筒とかいうキチガイが何かたいそうな事をホザいてますが、ヤツは、戦後の超賤人の行為を知ってるんでしょうな。だから、弁護や擁護の為に反日映画を作って、何も知らない人達の目を日本人の悪行という方へと向けたいわけです。もう一度言っておきましょう。

俺の様な日本人がいる事をわすれるな!

いや、私だけではありません。事実を知る日本人が増えているのが現状です。
--井筒の言葉、記事より引用--

日本人と在日コリアンの人々のあいだに何があったのか。その歴史を忘れたらいけません。歴史をちゃんと語らなければ、何も前進しないんですよ。ありのままに語ることが大事なんです。そのうえで、相手とぶつかり合わないと、人と人とが理解しあい、本当の意味で握手することはできないのです。
















その通りだ!


井筒。




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