[PR] 癒し 知らずに死ねるか! 超賤通信使

知らずに死ねるか!

管理人血祭が、これまでに面白かったと感じたエピソードや、おかしいと思う事を書いています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

超賤通信使

超賤通信使

(↑クリックで飛びます)

yomiuri20070722

引用開始
------------------------

対馬歴史民俗資料館で
朝鮮通信使来日400周年企画展…9月2日まで


県立対馬歴史民俗資料館(対馬市厳原町)で21日、開館30周年と朝鮮通信使来日400周年を記念した特別企画展「対馬にのこる日韓交流の礎(いしずえ)」が開幕した。9月2日まで、入場無料。

 資料館玄関前で式典があり、金子知事や松村良幸・対馬市長、大森公善館長ら6人がテープカットした。
 行列絵図の朝鮮国信使絵巻や朝鮮国王が対馬の個人の功績に対して官職を与えた際の辞令「朝鮮国告身(こくしん)」、徳川家康肖像画など通信使に関する展示品約70点を公開している。
 また、市交流センターでは、同資料館開館30周年の記念式典や仲尾宏・京都造形芸術大学客員教授の基調講演、日韓の歴史研究者らによるシンポジウムも行われた。対馬市出身で長崎市在住の写真家・仁位孝雄さんの写真展「朝鮮通信使の道」(50点)も23日まで開かれている。
(2007年7月22日 読売新聞)

------------------------

引用終わり


超賤通信使です。私は、超賤通信使と聞いて真っ先に思い出すのは、

鶏を盗んで,町人と喧嘩をする朝鮮通信使

ですな。一応、写真をアゲときましょう。

何度見てもマヌケですなぁ。姦国人達は、超賤通信使が日本に文化を伝えただの、日本人は文化を有り難がって受け入れただのと幸せ回路全開&妄想+願望爆発状態で主張しますが、これに対する反論を是非聞きたいものです。対馬歴史民俗資料館では、この写真を扱ってないんですかね。是非お願いしたいところです。まぁ、日姦交流の礎とか寝言を言ってるくらいですから、期待は出来ませんな。

ネットで超賤通信使を検索すると、面白いサイトが引っ掛かりまくります。超賤寄りのサイトをチェックした後、事実を教えてくれるサイトをチェックすると、全く正反対の情報をゲットする事になりますが、なかなか楽しいですな。比較すると大体こんな感じですかね。

超賤側
イルボンはバカだから、文化を教えてあげたニダ!
マンシェー!

日本側
またバカが来やがったか。誰か相手してやれ。


これ、今とほとんど変わりませんな。実際、超賤通信使は日本の技術を学んで帰国し、劣化コピーを作ってます。また、超賤優位という立場を取ろうと必死になりますが、日本側に軽く論破されると言う展開も全く同じです。ついでですから、簡単に一例を挙げておきましょう。

引用開始
------------------------

室町時代前期の一四二九年、日本に来た朴端生は、「日本の農人、水車の設けあり」として、学生の金慎に「造車の法」を精査させて模型を作り、鍍銀(銀メッキ)、造紙(紙漉)、朱紅、軽粉などの製造法を報告している。

この時の復命では、日本の貨幣経済の実態や、店舗商業の発展等にも及んだが、その中で技術にまで言及していたのは、渡航前に世宗から「倭の紙、堅籾、造作の法また宜しく伝習すべし」、、、、、と、日本の技術を導入するように命じられていたからである。
だが、残念なことに、それらの技術はいずれも朝鮮の風土に定着しなかった。
灌漑施設としての水車の優秀性は、その後も何度か提議されていたし、造紙のほうも17世紀になり、柳馨遠が「倭の楮(こうぞ)の軽沢精緻に如かず」と、日本の楮である倭楮を使った紙の製造を提唱しているからだ。

これらの事実は、朝鮮側には日本の技術を受容し、維持するだけの土壌が整っていなかったことを示している。
これに対して日本では、朴端生が日本を訪れる百年以上も前に、水車を利用して離宮に川の水を汲み上げた話が「徒然草」(第五十一段)に記されている。
その水車が、農民達の手で取り付けられていた事を考えると、当時、日本と朝鮮の間には相当の技術格差があったことが解る。

したがって、韓国の歴史教科書にあるように「技術を学ぶのに苦労していた」のは、日本側ではなく、寧ろ朝鮮の方であったのである。

日韓・歴史克服への道 下條正男 著 より

------------------------

引用終わり

引用元:Toron Talker

血祭注:
楮=コウゾ。ヒメコウゾとカジノキの雑種。樹皮が非常に強く、和紙の原材料に使われる事が多い。
漉=すき(読み)。手漉和紙(てすきわし)。

この一例だけを見ても、超賤側の捏造に対し、日本側の真実による論破という図式が出来上がってます。勿論、これはほんの一例であり、他の例を挙げろと言われると、多すぎてどれを取り上げればいいのかわかりません。もっとも、超賤の歴史は捏造だらけというのは皆さんご存じの通りですね。

と言ったところで、超賤人ってのは、


















今も昔も


変わらねぇ!




管理人血祭にメールする


スポンサーサイト

特別編 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<月刊 『スレッド』 | HOME | 天晴れ!>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。