[PR] 癒し 知らずに死ねるか! 崔文衡教授

知らずに死ねるか!

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崔文衡教授



崔文衡教授

(↑クリックで飛びます)

チョン日報20051214-01

チョン日報20051214-02
抜粋開始
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「民衆・民族」で真実を覆い隠す歴史教科書


高校の近・現代史教科書が、旧韓国末(大韓帝国期)の歴史に関してまでも、生徒たちに民衆・民族理念を吹き込むことに集中するあまり、韓半島の運命に決定的な影響を及ぼした各列強の国際関係もまともに記述していないため、国益に関する生徒たちの歴史的判断能力を損ねていると歴史学者の重鎮、漢陽(ハンヤン)大学の崔文衡(チェ・ムンヒョン) 名誉教授が批判した。

 崔教授は今月15日開かれる「教科書フォーラム」のシンポジウムで発表する論文で、各教科書が「民族統一を目指す民衆・民族主義を至上目標とする特定理論にそのまま則った」結果、国が滅びた原因も客観的に教えることができないでいると主張しながらこのように指摘した。

 歴史教科書は、基本的に事実に基づかなければならず、その上に育つ世代が賢明に次の時代を切り開けるよう知恵と教訓を与える内容でなくてはならない。


 19世紀末の韓半島は、以前から宗主国を自任していた清と日本、ロシア、英国、米国などの帝国主義列強が集まって朝鮮の支配をめぐって競争を繰り広げた外交・軍事的の草刈り場だった。こうした状況の中で、すべての国内事件が国際情勢と歯車のようにかみ合って展開された。

歴史教科書はそうした過去の時代を扱ううえで、極めて複雑に展開した韓半島周辺の列強の動きに対して当時どのように対処した結果、国権を失うことになったのかを客観的に考察し、未来の教訓にするのが筋であろう


 こうした本筋には目を背け、「民族」や「民衆」の名前の下で特定理念を叩き込み、亡国に対するナルシズム的合理化を植え付けるとしたら、そんな歴史教育は、次の世代を「盲の国際人」にしてしまうに違いない
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抜粋終わり


ちょいと古いですが、チョン日報2005年の12月の記事です。この教授、この記事が報道される前日にも同じ事を言ってますな。


さらに、翌年の2006年の1月にはこんな事も言ってます。

チョン日報20060115-01

チョン日報20060115-02

チョン日報20060115-03
引用開始

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「韓国の歴史教科書は

世界史的解釈が欠如」


崔文衡(70)漢陽大学史学部名誉教授は先月16日、ひっきりなしにかかってくる激励電話の応対に追われていた。大学在学中に崔教授を指導した84歳の恩師は「崔教授、あなたのやっていることは本当に重要なことだ」と激励した。

崔教授は先月15日、ソウル歴史博物館で開かれた教科書フォーラムで「到底がまんすることができず、この場に出てきた」という言葉で、沸き起こる感情を吐露した。そして、現行の高校近現代史教科書の問題点を辛辣に批判した。崔教授は「高校の近現代史教科書が民衆民族主義を至上とする特定の理念に偏るあまり、我々が直面していた客観的現実を正しく把握できないでいる」とし、「民族・民衆を語るあまり、我々は今、国益を追求する能力さえも失ってしまった」と語った。

 崔教授は4年前に定年退職した後、ソウル道谷(トゴク)洞に2坪余りの小さな研究室を構え、毎日午前9時から午後6時まで韓国近現代史の研究に没頭している。次は崔文衡教授との一問一答。

―高校の近現代史教科書について民衆・民族理念に偏った教科書だと評価していらっしゃいますね。

 「開港後、朝鮮がどのように亡んでいったのか、国際関係の観点からはほとんど言及されていません。外部の衝撃(impact)がなかったならば、民族・民衆運動が起きたでしょうか。教科書を読みながら、腹が立ってどうしようもありませんでした。民衆・民族・改革だけに偏ったあまり、韓国史を世界史的観点から解釈しようとするする努力が見当たりません。歴史を理念に無理やり合わせたら、それはもはや歴史ではありません」

―具体的にはどのような点が問題なのでしょうか。

 「金星(クムソン)出版社の教科書をご覧になってください。1850年からの60年間に約60ページを割いて説明しています。東学農民運動 (1894年、東学という新興宗教を中心に全羅地域ではじまった外部勢力排除を叫んだ農民運動)に関しては何と9ページも費やしているのに、いざ日清戦争と日露戦争に関しては記述がまったくありません。“日本が日露戦争に勝利することにより、大韓帝国政府の改革は中断した”というたった一節が全部です。日清戦争と日露戦争は韓国の国権を侵害した決定的な契機です。戦場も厳密に言えば韓国の領土でした。ところが、教科書は民衆運動に執着するあまり、このような重大な事件から目をそらしています。その結果、侵略戦争を侵略戦争と言えない教科書になってしまいました。明成皇后殺害も“日露戦争の序曲”という国際的な観点から見ることで、本質に接近することができるのです」

―しかし、歴史教育はある程度民族主義的にならざるを得ないのではないでしょうか。

 「民族史学者である李基白先生は他界する2週間前に病院を訪れた後輩の歴史学者らに、遺言ともとれる言葉を残しました。“今日、民族を至上とする傾向が広く流布している。しかし、民族は至上ではない。この点に関しては民衆も同じだ。学問では真理が『至上』だ。真理に背ければ、民族であれ民衆であれ破滅を免れない。”最近の韓国史学界が胸に刻まなければならない言葉だと思います」

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引用終わり


さて、上記の記事は(上)とあります。この他にも(中)、(下)と続くんですが、長くなるので今日は(上)だけにしときます。


この教授、案外マトモですな。歴史は流れと繋がりがありますが、韓国の歴史教育はご都合願望妄想捏造歴史ですから、教授のこういった意見はこれまでタブーだったのかも知れませんね。この教授も言ってますが、教育は学問です。政治家やメディアのご都合ではありません。歴史を学ぶためには、多くの資料や文献を比較研究する事が必要になるわけですが、姦国人の場合、根本的にそれが理解出来ていません。そもそも、国が滅ぶという致命的な歴史を経緯を経ずに学ぶというのは無理があります。普通に考えて、そこだけ目を瞑ろうとするのは何故なのかと不思議に思って当たり前なんですが、姦国人は一同そろって都合が悪い事には目を瞑り、いや、目を背けるようです。それだけならまだ可愛い物なんですが、姦国人の場合、自分達に都合が言いように歴史事実を捏造し、さらに、それを何の疑いもなく信じ込んでしまうんでタチが悪いわけです。しかも、矛盾や疑問点を指摘されるとファビョって、答えられないんですからどうしようもねぇですな。

ウリナラ起源というのがありますね。

剣道は姦国起源ニダ!

とか

桜は姦国起源ニダ!

とか

サムライは姦国起源ニダ!

といった類の例のあれです。あれなんか良い例じゃないですかね。よく研究者と言われる連中が、研究中に何の根拠もない願望や妄想を入れて、推測という形で意見を主張します。単なる推測ではなく、願望妄想捏造入りの推測ですからどう考えてもおかしいんですが、そっちの方が都合が良いと言う事になると、何とそれが事実になってしまうというパターンですね。いわゆる事実という最重要課題に目を向ける事が出来ないわけですな。

ところで、この教授が教鞭を執ってた大学って、漢陽(ハニャン)大学だそうです。全然、関係ねぇんですが、何か可愛いですな。

でも、ハニャン大学の中にも捏造歴史を信じ込んでる学生が一杯いるんでしょうなぁ。






























可愛くねぇな!




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