[PR] 癒し 知らずに死ねるか! 自爆証言者

知らずに死ねるか!

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自爆証言者




自爆証言者


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mainichi20080315-01mainichi20080315-02

引用開始
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識字教室:学ぶ喜びありがとう
在日韓国・朝鮮人向け、
生徒数減少できょう幕/広島


在日韓国・朝鮮人で日本語の読み書きができない人のために、府中町と地域ボランティアが99年から開いてきた識字教室が15日に幕を閉じる。現在4人の在日韓国人が通うが、在日1世が高齢化し、病気で通えなくなるなど生徒数が減少したためだ。開室当初から通い、15日の終了式で答辞を読む金田ヒデ子さん(74)=同町青崎東=は、「カラオケの歌詞が読めるようになったり、手紙が読めるようになったのがうれしかった」と話している。【大沢瑞季】

 金田さんは、韓国生まれ。戦時中は小学校で日本語を学び、母国語を使うと棒で先生にたたかれたという。日本人の役人が家に来ては、スプーンや鍋などの金属類や米を没収していった。

 45年の終戦後、学校の授業は、やっと覚えた日本語ではなく、韓国語に戻った。18歳の時、徴用されていた父を追って広島に移住したが、日本語はすでに忘れていた。父が営んでいたくず鉄を業者に売る仕事を手伝った。生活を支えるのに精いっぱいで、学び直す機会はなかった。役所などで日本語で書類が書けないと驚かれ、「戦争のせいだ」と悔しかった。

 25年前に夫が病死した。読み書きが必要ではない工場などで働いた。だが、介護の仕事で、字が書けずに解雇されたのがきっかけで、教室に通い始めた。字を覚える喜びを得られただけでなく、宮島へ遠足に行ったり、楽しい仲間が出来た。

 同町の中学校で、在日朝鮮人の生徒がいじめにあったことがきっかけで、読み書きが出来ず同様に差別される在日1世のために識字教室を開く「府中トンベック(椿)の会」が地域住民により作られた。

 府中町内は約400人の在日韓国・朝鮮人が住む。これまで週1回、地元の教職員などがボランティアで教えてきた。当初40人いた生徒は、亡くなったり、病気で通えなくなるなど4人まで減った。

 県内には、在日韓国・朝鮮人の日本語の識字教室はほとんどなくなっている。

毎日新聞 2008年3月15日
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引用終わり




在日新聞が、何の疑いもなく記事中に自爆証言を載せてます。
吟味するとか情報を比較するとか、何にもやってねぇと言ってるようなバカ記事です。勿論、金田ヒデ子(74)という通名のみを使用し、本名などは書いてません。


さて、この婆さん74歳だそうです。この年齢に注目しましょう。記事中に、


18歳の時、

徴用されていた父を追って広島に移住した



とありますな。18歳時というと、74歳から18歳を引いて56年ほど前という事がわかります。つまり、2008年から56年を引いて1952年頃という計算になります。記事中にも終戦後と書いてますが、1952年頃の日本と姦酷の社会状況を見てみると、この婆さんが自爆してる事に気付きます。そう、日本は復興のために努力してる最中であり、姦酷は超賤戦争(1950年6月25日 - 1953年7月27日停戦)真っ最中という状況なわけです。つまり、日本は何の関係もねぇという事がハッキリわかるわけです。また、記事中に”徴用されていた父を追って広島に移住”とありますが、これまた自爆ですな。要するに、この親父は徴用(強制連行とやら)されたにもかかわらず、戦後も帰国せず日本国内に留まったという事です。つまり、我々日本側には何の関係もねぇと証言してるわけです。

他にも、


戦時中は小学校で日本語を学び、
母国語を使うと棒で先生にたたかれたという。


とありますが、日本はハングルを奨励したというのはすでに皆さんご存じの通りですから、ここもおかしいですな。恐らく、その先生とやらは超賤人だったのではないかと疑ってしまいます。
また、


日本人の役人が家に来ては、
スプーンや鍋などの金属類や米を没収していった。


とありますが、併合時は超賤人は日本国籍を持ってたので、そりゃまぁ超賤人も日本人となりますわな。また、役人になるくらいですから日本語を流暢に話す超賤人も思いっきりいたわけです。ってか、むしろ当時の超賤で、外見や言葉だけで日本人か超賤人かを見分けるのは極めて困難だったとしか言えないハズです。



上記の在日新聞の記事を書いた大沢瑞季とかいうバカ記者は、読者を舐めてんですかね。

こんなバカ記事で読者を騙そうったって、そうはいきませんぜ。



大沢瑞季って、

本物のバカ?

それとも、単なる












































在日超賤人?



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この記事のコメント

>>m殿

m殿が貼ってくれた記事を読むと、一応、弁護団が批判された事も書いてますが、何を報道したいのかよく分からねぇですな。弁護団を擁護したいという狙いがあるなら、こんなに弁護団のバカぶりを紹介しちゃいけねぇですよ。記事の書き方を見ると、弁護団の立場から記事を書いてる事が分かりますので、大沢記者が得意としてる自爆になってますな。


ところで、非常に残念なんですが、こういう風に加害者側に立つ報道は、在日新聞に限った事ではありません。アサヒる新聞も加害者側に立った報道をしてますな。ちょいと動画をアゲておいたんで、暇潰しにでもどうぞ。

http://video.fc2.com/content.php?kobj_up_id=20080423WudKVYpZ

さて、加害者側に立つと言えば、私的には平岡秀夫がすぐ思いつきます。今夜あたり、平岡秀夫でブログを更新する予定です。
2008-04-23 Wed 16:54 | URL | 血祭 #-[ 編集]
「(どんな判決でも)受け止めます。自分が公判で言ったように一生謝罪し続けます」

 判決前日の21日、広島拘置所で接見した弁護士に、元少年は落ち着いた様子で語った。「これからも君を弁護するから」。弁護士はアクリルガラスの向こうの目を見つめた。

 1、2審では殺意や強姦(ごうかん)目的を認めた元少年。現在の弁護団メンバーが初めて接見したのは、最高裁での弁論期日が迫る06年2月27日だった。当初は「思い出したくない」と口をつぐんだ元少年も、少しずつ内心を語り、起訴事実を否定。弁護団は「事実認定が違う」と確信した。

 だが、逆風はかつてない高まりを見せた。「(長女夕夏ちゃんの)遺体を押し入れに入れたのは、ドラえもんが何とかしてくれると思ったから」「生き返ってほしくて精子を入れる復活の儀式をした」などの主張は、猛反発を呼んだ。

 橋下徹弁護士(現・大阪府知事)がテレビで呼びかけたのをきっかけに、所属弁護士会には計8000件以上の懲戒請求が殺到。事務所には脅迫状はおろか銃弾まで送りつけられ、21人の弁護団は法廷に加え“世論”との闘いも強いられた。

 昨年10月までメンバーだった弁護士は「みんなぴりぴりして精神的にかなり張りつめていた。夜道を1人で歩くのも怖いほどだった」と振り返る。それでも弁護団は「元少年には、きちんとした弁護を受ける権利がある」とひるまなかった。

 「(以前の元少年は)自分のことばかり考えていたが、今は『自分がどれだけ遺族を傷つけているかわきまえた上で、生きていきたい』と思うまでに成長した。彼の決意が伝わる日が来るはず」と主任弁護人の安田好弘弁護士。別の弁護人は「意見が割れても、一つの方向に行った。こういう弁護団であることを誇りに思う」と胸を張った。【大沢瑞季】
2008-04-22 Tue 22:48 | URL | m #JalddpaA[ 編集]

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